ZEN CLUB

豊かな暮らしを創るコミュニティ・ペーパー

Number.483

第338話 「忘れかけた勇気」

がいじんトーク

誰か私に立ち向かう勇気をください。もう一度火をつけてください。

西の国のあなたは、どうして「そんなに穏やかに、笑って生きられるのだろうか」
 誰にも、優しい言葉を贈り、感謝の言葉を伝える。あなたのことを誰も悪口は言わない。
そんな人生の終わりを過ごせたらいいと頑張っていたけど、私には出来そうもない。

一日過ごす度に「懺悔」してばかり。

東の国のあなたは、たくさんの修業をされて52の「さとり」を開き、徳を積まれたという。
そんなあなたは若い頃からずっと修業の毎日だったという。
「あなたの前に仏なし、あなたの後に仏なし」とまで言われなければならないなら、とても私には勤まりそうにない。
ここまで生きて、そんな理想を追い求めて、私はどうしてしまったのだろう。

今年の年賀状に「終わりを慎む」なんて、上品なことを書いてしまったことを今、後悔している。そんな人生の最期を迎えたくはない。(1月号のがいじんトークでも「慎む人生」なんて文字を乗せてしまっている)最後の最期まで「自分の生き方を貫きたい。それが嫌われ者でも構わない」

昔は、不思議に身体の内からメラメラとアドレナリン?が湧き出てきて、常に戦うモードになったものだが、最近込み上げて
くるものを感じなくなってしまった。
「今ここでそんなことを言っても・・・」「誰かが問題提起し、解決してくれるだろう」と発言しなくなった。
 歳の所為もあるだろう。体調の所為もあるだろう。人間的に丸くなり大人対応できるように成長したのかもしれない。しかし、幼い頃からの認めること、許すことは負けてしまったことになる感覚が無くなり始めている。でも、今微かに納得出来ないと自分自身の身体の奥で叫んでいる私をまだ心の底に感じている。

例えるなら、原子力発電所の核燃棒みたいなもので、閉じ込めた、封じたと思っても一度起こしてしまったら、中々冷却処理が出来ず。処理するために数十年、数百年掛かる核燃料と同じかもしれない。こんな喩は不謹慎かもしれないが、それが人間の「性分」って奴かもしれない。

思い出さなければならない。若き頃、「不動明王のように常に姿格好は、勇ましい怖い男を演じるようになりたいと思っていた頃を。この世は、それぞれ何かの役目を背負って生かされているんだと悟った時から、私の役目を自分自身で決めて生きて来たはず。それは誰の責任でも所為でもない。私の「サムライ魂の性分」と信じて生きて来た。それが今日までの私を創りあげて来た。それを今更、都合良くしようなんて虫が良い話に違いない。

暑い夏を前に、最期まで「熱い人生」を送る決意を書き残したい。

不動堂