ZEN CLUB

豊かな暮らしを創るコミュニティ・ペーパー

Number.487

愛と革命の味

Relay Essay 語りの部屋

人生っていうのは、人と人の出会い。
一生の間にどんな人と出会えるかで、
人生は決まるんじゃないですか。

-高倉 健 -
(日本の俳優・歌手)

今夜のおかずは何がいい?(母)。
「カレー!」(父)。
「焼肉!」(長男)。
「お寿司!」(次男)。
「オムライス!」(末娘)。

 

夕飯のおかずの決定権は、まだまだ父親の権限が絶大で、今夜は「カレー」となることが多い。

 

我が家のカレーは、さして特別なこともなく、市販のカレールーを使った家庭料理である。
 カレーと言えば…

 

今年の夏のキャンプの初日。夕食は、当然カレー。
 これは父が腕をふるう。
「いつもよりウマイだろう」(父)
 
 みんなニコニコ。いつもカレーを作ってる母がどんな気持ち?で聞いたか、父はそこまで気にしない。まあ、そんなもんだな。

 

昨年の冬は、谷川岳の麓のホワイトバレースキー場へ行った。レストハウスで食べたビーフカレーはコクがありとても秀逸だった。

 

もっと遡れば、父と母の結婚式の二次会。
 気のおけない友人たちとテニス&カレーパーティーを開いた。前日、夜遅くまで二人で大鍋二つにカレーを仕込んだのは忘れがたい思い出だ。

「やっぱりカレーだよな!」
 

今年の母の誕生日パーティーは、新宿中村屋の本格インドカリーを食べにいくことにした。

 

少し中村屋の歴史を紐解こう。

中村屋は創業1907年。当初はクリームパンが人気のパン屋だった。1927年に、本格インドカリーを提供するようになる。これには、インドから日本へ亡命してきたRBボースの数奇な運命が深く関わっている。RBボースは、インド独立を目指した革命の闘士(過激なテロの実行犯)であると同時に、高邁な宗教哲学を語る思想家でもあった。国内では、孫文や右翼の巨人と言われた頭山満とも交友を持ち、インドそしてアジアの開放を扇動した。

それは、単一的なキリスト教思想を背景とした欧米の「帝国主義支配」を超克し、東洋の多彩な神々からなる宗教と民族が共生する「多様なアジア」の創造を目指すものだった。

国内での逃亡先として、先の頭山満の導きもあり、中村屋の離れに一時期身を隠していたというのが「縁」である。中村屋創業者相馬夫妻の娘「俊子」と結婚し二児をもうけた。俊子の亡きあと、中村屋の取締役に就任し、インドカリーを商品化したのである。

20種類以上ものスパイスを使った本格インドカリーは、多様なアジアを志向した「革命家としての情熱」と日本人(1923年に帰化)としての「家族愛」の結晶ともいえる。

愛と革命の味。これが中村屋のインドカリー。

本格インドカリーを食しながら、愛する家族に「激動の昭和史」を語ろうか。

K.X

参考:中村屋のボース
~インド独立運動と近代日本のアジア主義~ 
中島岳志