ZEN CLUB

豊かな暮らしを創るコミュニティ・ペーパー

Number.489

利他自利

Relay Essay 語りの部屋

人に施したる利益を記憶するなかれ、人より受けたる恩恵は忘るるなかれ

-ジョージ・ゴードン・バイロン-
(18~19世紀のイギリスの詩人)

明けましておめでとうございます。皆様、お健やかに新しい年をお迎えのことと思います。

ZENホールディングスが最も大切にしている行動指針のひとつに「利他自利」という言葉がございます。今回はこの言葉の重みについて、一度は死を覚悟した経験者としてお話させて頂きたいと思います。

昨年の仕事始めは最悪の体調から始まりました。グループ各社による決起大会にも不調を押して臨みましたが、やはりすぐれず、帰郷し診察を受けたところ「即入院」「緊急手術」となり、すぐに家族が呼ばれました。医師からの宣告は「悪性腫瘍」、つまり癌だということでした。調べてみると、現在のステージからランクが上がると5年生存確率は4%と極めて低いということがわかり、その夜は一睡もできませんでした。

私に見つかった癌は、その部位では日本での症例がわずか180件しかなく、受診した病院も実績がないということでした。そのため、なかなか手術日を確定することができず、悶々とした日々を過ごすことになりました。頭の中を駆け巡るのは会社の事、家族のこと、友のこと、そして「死」でした。これまで私は【悔いのない生き方】をしてきたはずでしたが、「この期に及んで往生際が悪い。これが人間なのか」と、しみじみ思いました。家族は手術可能な病院探しに奔走してくれ、お見舞いの方からも励ましを頂きましたが、励まされれば励まされるほど、何故か泣けてきました。。

結局、何も決まらないまま仮退院となり、一週間ぶりに出社することにしました。久しぶりの会社は新鮮で、社員は「お帰りなさい」と笑顔で励ましてくれました。進行中のプロジェクトの建築家と仕事の打ち合わせでお会いしたときは、私のやせ細り憔悴した顔を見て「どうしたのですか?」と聞かれ、始終を説明すると「根治しましょう!」と、言うや否やその場でどこかに電話をかけはじめました。あいにく不在だったようでしたが、「今の方は?」と聞くと、「良く知っている人」という答えでした。その夜10時半過ぎ頃、携帯電話が鳴り響きました。「明日の朝9時に、○○病院に行けるか」という電話でした。

 翌朝、指示通り病院に行くと、紹介された先生は外科医で、副院長先生という方でした。直ぐに診察となり、その場で入院日、手術日が決まりました。死の世界から生の世界に引き揚げられたような、そんな喜びでいっぱいの心境になり、あまりの嬉しさに紹介していただいた元・国立病院の院長先生のご自宅にお礼に伺うことにしました。この方のご自宅は当社で十数年前に建築させて頂いた建物ですが、ここ数年ご無沙汰していたこともあり、チャイムを押す手が緊張で震えました。先ず、お礼の挨拶を済ませると、「昨夜、○○さんから、先生もよく知っている彼を助けてください!と必死で言われました。そこで、私が院長時代に○○大学病院から招聘した外科医を今回紹介させていただきました。彼は、僕の退任後すぐに今の病院に引き抜かれたのです。彼は日本を代表する外科医ですから全く心配ありませんよ」と励まして頂きました。思わず「ありがとうございます」とお礼を言うと、「いや、私のほうこそお礼を言わなければならないのですよ」とおっしゃるので、「えっ?」と返すと、「10年くらい前ですかね、私が作りました、というサツマイモを贈っていただいたときのお礼を、まだ言っていませんでしたから。庭で焼き芋をして、美味しくて楽しかった。だからお礼なんてとんでもありません」という答えでした。

私は社長業の傍ら農作業をしておりますが、仕事柄毎週出来るわけではないので、専ら根菜類の作物を手掛けており、喜んでいただける方に無作為に贈らせていただいております。手間暇を考えると決して容易ではありませんが、喜んでいただける顔を想像するだけで嬉しくなるため、今でも続けております。先生もお贈りさせて頂いた方のお一人でしたが、10年以上前、しかも私自身も覚えていない贈り物のお礼を、今回頂けるとは思ってもいなかったため、恐縮し冒頭の「利他自利」の意味を理解した次第でした。

今回の生死を分けた状況は大変なものでしたが、社是を理解し実践していると思い込んでいた私を戒め本当の「利他自利」を教えてくれたと同時に、今だ放浪している私に禅語で言う「いま」「ここ」(今を精一杯生きる)を懸命に、丁寧に、飾らず生きる事の大切さを教えてくれたと感謝しています。

放浪者