ZEN CLUB

豊かな暮らしを創るコミュニティ・ペーパー

Number.490

第345話 最後の2ヶ月の奇跡!

がいじんトーク

 2017年8月1日夜、妹から連絡がきた。「お父さんがかなり苦しそうなんだけど、様子を見に来れないかな。」偶然翌日が休みだった私は実家に戻った。
そこで見た父の姿は、普通ではなかった。
布団に横たわる父。
自分の力で、起き上がることもトイレに行くにも30分以上かかる現実。
このままではまずいと感じ、急いで救急車を・・・。

病院に着くと、すぐ担当の先生から、「緊急手術が必要です。この手術をしなければ間違いなく危ない。」判断せざる得なかった。
奇跡的に命はつながった。ここからの2ヶ月が奇跡の連続だった。

9月に入り、落ち着いていた容態に変化が出た。「2ヶ月後の妹の結婚式に出席はできないかもしれません。」
妹と話し合い。エンディングノートではないが、意識のあるうちにできることをすべてやってあげたい。

  • 初孫に会わせたい。
  • 仙台の両親に会わせたい。
  • 仙台にいる友人に会わせたい。
  • 妹のウエディングドレス姿を見せたい。
  • 母に会わせたい。

9月26日(火)/初孫「夏槻」くんとご対面。
奇しくも、これが最後に父が笑った日となりました。

9月28日(木)/仙台から友人が会いに来てくれました。。
「すまない」これが最後に話した会話でした。

何とかウエディングドレス姿だけでも見せられないかと妹と相談し、急きょドレスを貸してくれるお店を探し回り最短で、1日に貸してもらえることになった。
9月29日(金)/仙台から父の両親と病院に入院している母が来ました。。
1日に届くはずのドレスが担当者のミスで、29日に届いたのです。しかも不在だったため、普段なら不在通知書を投函して終わるところ、なぜか電話をくれたのです。そして奇跡的にドレス姿を父に見せることも、両親に会わせることもできたのです。
この1時間後意識が落ちました。

そして10月2日に日付が変わった頃、脈拍と血圧が落ちてきました。
深夜3時。「今ならまだ生きている間に会わせられる。」実家で寝ている両親と母をたたき起こしに戻りました。朝4時間に合いました。
奇しくもその日は、母の誕生日。最後母に会え「誕生日おめでとう」と伝えたのか、母が来て15分後に息を引き取りました。

嘘のような本当の話。奇跡の連続でした。

これは、3年という闘病生活中も母のため、家族のためと仕事と闘病とを戦い続けた父への神様からのご褒美だったのではないでしょうか?     

不動堂息子 大