ZEN CLUB

2022年 02 月号 Number. 538

<ZENグループの今>プロジェクトing

東京都杉並区 ピーエス工業株式会社 宮前工場

文:松葉紀子

将来の改修も見据えた長命化計画

1970年に建設された既存建物の外観や使い勝手をそのまま活かしながら耐震補強だけでなく、フレキシブルな運用やデザイン性を高める設計プラン

先代社長が杉並区に建てた、延床面積約1500m2のピーエス工業株式会社宮前工場。面する井の頭通り(都道7号線)は特定緊急輸送道路に指定されているものの、工場は「特定沿道建築物」の基準には高さが達しておらず、耐震化状況の報告や耐震診断が義務化される建築物には該当していませんでした。

しかし、建て主であるピーエス工業様の強い要望により、総合的な長寿命化を見据えて耐震化を進めることになりました。また、長期的な活用を考え、将来の改修にも備えるものとして、3つのテーマに沿って工事計画が立てられました。

2014年から現地調査を開始し、約6年もの歳月を経て引き渡しを行うまで、建て主様の要望をどのように実現していったのか、施工を担当した池田建設株式会社の営業担当・鎌田幸雄氏と中村一也氏に話を伺いました。

  • 屋上に自然採光、自然換気、排煙口を設け、北向きハイサイドライトにより自然換気効果が大幅に向上した

  • 2階ショールーム全景。大型間仕切りを採用することで、フレキシブルな空間運用を可能にした

  • 2階打合せスペース。ブレース補強は外周部にとどめてオープンな空間を、自然採光により明るい空間を演出した

  • 小さな熱源でランニングコストを抑える除湿型放射冷暖房を取付け、穏やかで安定した快適な室内を実現している

  • 除湿型放射冷暖房の色を鉄骨躯体と統一して構造体のように配置したことにより、インテリア性や広く高い空間を実現

  • 1階作業場。照明器具配置とLED化によって、既存施設以上の明るさを十分に確保しながら省電力を達成した

  • 洗面台、トイレ。節水型洋風トイレを採用し、冬場のヒートショックを軽減するため壁に電気ヒータを取り付けた

  • 建物北側面。既存の屋外鉄骨階段とフェンスを撤去し、リニューアルした

テーマ1:長期的な運用の担保
現状確認し、不適格状態から徹底復旧

ピーエス工業は、空調機器メーカーでデザイン性の高い除湿型放射冷暖房などを製造・販売している会社です。改修工事を行った宮前工場の1階は製品の検査・出荷、2階は事務所、3階はショールームやミーティングスペースとして利用されていましたが、耐震補強だけでなく、事業所としての将来の利活用を見据えた計画を立てることになりました。
「建築士の伊藤氏が図面を提示する際、概算見積が必要です。そこで工場が稼働していない土日に現場所長の森本とふたりで現況調査を行い、概算見積を作成するところから始めました」と、当時を振り返る鎌田氏。

将来、法的手続きの制約を受けずに改修計画が実施できるようにするため、図面と現況を照らし合わせたところ、不適格な箇所が多数見つかったといいます。

「特に3階は大きな課題でした。合法的に建てたという証拠が見つからず、最終的に撤去することになりました」(鎌田氏)。

図面と現場を照らし合わせながら、不適格状態な部分が見つかるたび、建て主側に報告。適格な状態にするための方法を建築士と相談して提案し、復旧を繰り返し、長期的に建物を運用できるようにしていきました。

テーマ2:総合的な耐震化
現状を生かした耐震化を実現

宮前工場は、通常業務を行いながらの改修工事だったため、既存の室内空間を維持したまま、使い勝手を変えることなく、補強することを最優先することに。通常業務の流れを聞き、業務を止めない現場でのオペレーションを現場所長である森本氏と建て主様で密に連携し、実施していきました。

「まずは増築した3階を撤去。さらに調査を進めると、1階の床の部分で鉄筋があるはずのところになかったり、ALCパネルが躯体に埋まっていなかったりしている箇所を発見。そのたびに補強工事を行いました」(鎌田氏)。

劣化が著しかった2階の床に使われていたALCパネルを合成スラブデッキに更新し、耐久性の向上および水平耐性の確保を実現するなど、耐震化を進めました。また計画が始まって5年経過したころ、2019年3月に消費増税が決定したことで、それまでに契約の基礎を固め正式契約するという、新たな課題をクリアするために各担当者は連携を強めながら、着工に向けて前に進んでいきました。

「どの現場でもいえることですが、見積と現況を照らし合わせて、最適な見積に落とし込んでいくのが大変でした」(中村氏)。

テーマ3:建物価値の向上
着工間近で決まったショールーム新設

2019年、新たに2階の設計を行うPuddle株式会社が仲間に参加することになりました。2階にショールームを新設したいという要望が出てきたからです。

「建て主様の製品はデザイン性に優れています。以前は3階に製品が展示されていましたが、魅力がより伝わるショールームを設置したいという要望が出てきました」(鎌田氏)。

2019年12月に顔合わせを行い、設計と見積を急ピッチで同時進行。当初、2020年4月に引き渡し予定だったため、1月には契約を締結しなければならない状況でした。

「Puddle株式会社様からパースをご提示いただき、それに基づいて概算見積を出していきました。他の建築士の方と進め方が違いましたが、アイデアが斬新でしたし、私たちとしてもいい経験になりました」(鎌田氏)。

現状に合った耐震補強、デザイン性の高いショールームなど、数々の難題をクリアして、2020年6月30日に無事に引き渡しが完了。

「お客様が現場で施工に携わった3名を招いて慰労会を開いていただくなど、喜んでいただけて何よりでした」(鎌田氏)。

今後も顧客の要望に寄り添っていきたいという池田建設。これからの活躍がますます楽しみです。

先代が建てたという思い入れのある建物を生かしつつ、耐震性に優れ、長期利用できる改修を実現させたいという要望からスタートしたプロジェクト。

図面と現況を照らし合わせるたび、不適格状態が発見。改修工事の仕様が目まぐるしく変更されるなか、建て主様の要望に常に寄り添い続けた池田建設。そこには現場で施工に携わった技術者たちの活躍がありました。

改修工事のエキスパートであり、所長を務めた森本利穂氏は、当プロジェクトでは調査段階から携わり、建物の隅々まで行き届いた管理を行ったことで、発注者の信頼を獲得。設備を担当した若手である宮崎翼氏は、電気設備機械設備の施工管理を一手に担いました。

そして土木施工管理で数々の実績を誇る大竹雄治氏は、土木技術者ですが、建築を深く理解して、所長の森本氏を十分にサポート。個々の熱意と、一丸となって課題に立ち向かうチーム力が、このプロジェクトを成功に導きました。

要望をクリアするのが難しい建物だったが、お客様が喜んでくれた姿を見ると、それまでの苦労が吹き飛んだと笑顔で振り返る鎌田氏(右)と中村氏(左)。

官公庁から民間オフィスビル、邸宅、社寺等の伝統建築まで建設「池田建設」
池田建設株式会社
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