ZEN CLUB

2024年 02 月号 Number. 562

<ZENグループの今>プロジェクトing

東京都港区北青山 Arrows Aoyama II 計画

青山・神宮前がまさにショールームに

既存建物と一体化「Arrows Aoyama II」計画

 RC(鉄筋コンクリート)造に特化した建築を得意とする株式会社 辰(東京都渋谷区)。その同社が手がけた「Arrows Aoyama II」が
2023年12月25日に竣工しました。「青山・神宮前は、私たちの『ショールーム』です」という同社にとって、また一つ、新しい作品が誕生
したことになります。担当の村田雄吾 営業部部長と、今回が『所長デビュー』となった第1建築部の上田智也さんに話を伺いました。

「Arrows Aoyama I」と一体化

最初から一つの建物であったかのような佇まい

著名な設計者らとタッグを組み、一流の施工に特化する姿勢を貫いている同社。どれほど難しい設計であっても、職人の高い技術でコンクリートを打設していくため「打放しコンクリートと言えば辰」と称されるほど定評があります。

中でも高級店が立ち並ぶ、東京の青山・神宮前エリアは同社が手がけた建物が40軒以上。2023年も7件のプロジェクトが進行し、そのうちの1つが表参道駅から徒歩3分ほど、北青山の「Arrows Aoyama II」でした。

実は隣接する「Arrows Aoyama I」(2019年12月竣工)も同社が施工を担当しました。「Arrows Aoyama I」は地上3階建て。にぎやかな青山通りから少し路地を入ったところ、青山のランドマークとも言える「Aoビル」のすぐ近くに位置しています。

設計は團紀彦氏/團紀彦建築設計事務所。團氏は国内外で著名な建築物を数多く手がけており、日本を代表する建築家の一人です。例えば團氏の代表作の一つ、「表参道けやきビル」(2013年)は外周部に板目打ちコンクリートの長葉状列柱を配列し、人々の印象に深く働きかける作品ですが、これも同社が施工を担当しました。

そのような中、売りに出た「Arrows Aoyama I」の隣地を施主様が取得。「Arrows Aoyama II」プロジェクトとして、引き続き團氏の設計で同社が施工を手がけることとなりました。

「Arrows Aoyama I」は「青山らしいスケール感と街に開かれた人の動きを表現した」(『SHIN CLUB』Vol.240)と團氏が述べているように、1階から2階への階段と、2階から3階への階段を意図的にずらして配置した点に特徴がある建物です。

もともとは増設する予定はなく設計されていましたが、たまたま1階から2階への階段を「Arrows Aoyama II」を建築する隣地側に設置。そのため今回のプロジェクトにあたっては、既存部分と増築部分の中央に階段を配置することができ、まるで最初から一つの建物であったかのような佇まいを見せられるようになりました。

所長デビュー戦のプレッシャー

今回、現場を取り仕切る所長として白羽の矢が立ったのは入社4年目の上田さん。学生時代、木造建築を学んでいたものの、新しい分野の仕事がしたいと考え、「ユニークなものを作っている会社だと思い」同社へ入社。経験を重ね、今回のプロジェクトで所長就任の打診があったときは「2つ返事で引き受けましたが、初めてのことばかりで緊張していました」(上田さん)。

さらには工期厳守の状況だったため、必ず計画通りに進めなければいけないプレッシャーがのし掛かったそうです。とはいえ物価高騰や職人や資材の不足など、「Arrows Aoyama I」施工時に比べて、より困難を強いられたのも事実。「体重が減るぐらい悩みました」と言うほど、苦労が続きました。

また既存物件の隣に空きが出て増設するというプロジェクトは、非常に珍しい案件。

「すべてのラインを合わせる必要があったので、何度も何度も確認し、合っていないところがあれば大工さんに頭を下げまくって、無理をお願いしていました」(上田さん)。

コミュニケーションの大切さを痛感

世界中のハイブランド店が並ぶ表参道の大通り

近隣の方々には騒音や振動、工事車両の出入りなどで迷惑をかけるため、丁寧な挨拶を心がけていました。

「やっぱり挨拶やコミュニケーションはとても大事だと痛感しました。既存物件の解体工事をしていたときは、なかなか打ち解けるのが難しかったのですが、コミュニケーションをとり続けていたら、工事中盤ぐらいからはすっかり仲良くしていただけました」(上田さん)。

その結果、近隣の方から誕生日プレゼントをもらうほど可愛がってもらえたとか。近隣の方との良い関係性は、工事の進捗にも大きな影響を与えました。たとえば、屋上に大きい機械の箱を上げなければならなかったとき、隣の敷地内にクレーン車を据えさせてほしいとお願いにいったときも「どうぞ使ってください、寒い中ご苦労様ですね」と言ってもらえたそう。

「その土地を貸してもらえなかったら工事が進まなかった」というほどピンチだったので、承諾を得られた瞬間「心の中でガッツポーズ出ちゃいました」という上田さん。

それも毎日のように挨拶し、コミュニケーションをとり続けてきたゆえの結果でしょう。

失敗経験も今後の糧に

所長としてのデビュー戦で大役を任された上田さんは「今回の経験は終始、失敗は数え切れません」と振り返ります。

しかし、プロジェクトの進行においてもコミュニケーション能力が役に立ったそうです。「困ったときはすぐ相談しました。やっちゃったんです、どうしたらいいですか、と。実は取り返しのつかないミスもあって『もう終わった』と言うときも…。でも、そんなときもなりふり構わず電話して、なんとかお願いします、と頼み込んでいたら結局、なんとかなりました。先輩や現場の職人さんたちには本当に助けてもらいました」(上田さん)。

うまくいったことも、失敗したことも、その原因を考えれば、すべて「コミュニケーション」に起因していた、と振り返ります。「どんなときもすぐ連絡し、相談していましたし、職人さんたちともコミュニケーションをとり、困ったら相談できる関係性を大事にしていたのが良かったです」(上田さん)。

営業を担当した村田さんは、もともと現場監督を務めていたものの、2021年から営業職に転身しました。上田さんについては、自身のデビュー戦に比べて大きなプロジェクトだっただけに「よくやった」という思いで見守っていたそうです。

「先輩がいくら上手に教えても、やっぱり自分で経験しないと分からないことはたくさんあります。若手に任せてストレスがかかり過ぎるようだとつぶれてしまうし、一方では経験させないと仕事を覚えられないし、表裏一体の難しさはありますが、今回はよく頑張ってくれたと思います」(村田さん)。

エリアへの強い思い入れ

左:上田 智也さん 右:村田 雄吾さん

青山・神宮前エリアは、同社にとってショールームとして位置付ける重要な場所ですが、村田さんは「3年ほど前、このエリアの現場が全くなくなってしまった時期があるんです」と話します。

その後、営業を強化し、戦略的に受注を増やしていった結果、建築家や不動産業者らの口コミもあり「施主さんたちに、あの建物も、この建物も辰さんがやったんだよね。じゃあちょっと見積もりをお願いしてみよう、と言っていただいて。良いスパイラルに入って、どんどん新しい仕事につながっていきました」(村田さん)。

青山・神宮前エリアで受注が相次ぐ背景には、当然信頼を得るに足る同社の技術力があります。

「自由な設計で開口部が複数付いた建物も多いですし、コンクリートを流し込む技術も非常に高いものが求められます。青山・神宮前エリアは狭い道路に面した土地が多く、騒音や振動対策などプロジェクトの進行に課題は多いです。正直、もっと簡単な施工を手がけるという選択肢もありますが、当社はあえて難しい案件に挑戦してきたので、他社さんにない強みを持てていると思います」(村田さん)。

現状は施主様が設計者をオファーし、その設計者から同社へ施工の相談がくるパターンが多いそうですが「今後は施主様からまず、当社へ建築の相談をいただき、当社が設計者を紹介する、というマッチング営業を開拓していきたいと考えています」(村田さん)。

まさに街がショールーム化していくにつれ、同社の手がけた作品を目にする機会が増加するいま、その動きが現実となるのも近いことでしょう。

建築施工の専門店である建築屋「辰」株式会社 辰
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